「チェンジリング」☆☆☆☆
WOWOWでクリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」が放映された。 何度も書いているような気がするが、あのテレビ西部劇「ローハイド」のロディー・イエイツのときは単なるあんちゃんで、これほどの名監督になるとは全く予想できなかった。「荒野の用心棒」で復活したときも、「ダーティハリー」で人気が出たときも、まあ一流のアクション俳優になったなぁ、程度のものだった。監督をやりだしたときも(とくにアメリカは有名俳優が監督をやりたがることが多く、あのジョン・ウエインまでもが凡作「アラモ」を作ったくらいだから)、俳優にしてはまあちゃんと撮れてるかな、程度の認識だった。それが今や、お子様ランチ見世物映画全盛のハリウッドにあって、きちんと大人の鑑賞にも耐え、興行的にもペイできる映画が作れる唯一の監督にまで成長してしまったのだ。 「許されざる者」「ミリオンダラー・ベイビー」で2度もアカデミー作品賞、監督賞を受賞しているのだから、大監督・名監督と言っていいだろう(別にアカデミー賞を受賞したからすごいということではない。アカデミー作品賞には古くは「恋の手ほどき」「フォレスト・ガンプ」「グラディエーター」「ディパーデット」など凡作も数多い)。どちらもお得意の西部劇とはいえ、「ペイルライダー」「許されざる者」にはとくに感心した。「アウトロー」「ファイヤーフォックス」「スペース・カウボーイ」「ミリオンダラー・ベイビー」「硫黄島2部作」なども悪くない。同じボクシングを扱っても、「ミリオンダラー・ベイビー」は、「ロッキー」のように最後の10分間を見ればいいという映画とは根本的に違うのだ。「硫黄島の手紙」も、なぜ日本でこういう映画が作れないのかと思ったくらいである。 さて、「チェンジリング」。 話は実話だそうだが別にドキュメンタリーでもないので、事実とどうだったかを考える必要はない。が、それにしても警察のひどさ、警察と結託した病院のひどさには驚くしかない。表面上は是正されたとはいえ、現代にもその残留はあるのではないかと思わせるところが、監督の腕である。何も考えずただセンセーショナルに大騒ぎするマスコミ(舞台は1920年代後半かになので、ここではとくに「新聞」)またしかり。 ついでに書いておくと、警察は現代でも公正中立で社会正義のために動いているのかというと、その社会正義なるものが庶民(少なくとも私)とは相当違うので、必ずしもそうではない、と言うしかない。それでもまだ刑事警察はマシなほうで、公安警察の「公安」はかなりの偏向がある公安としか思えない。たとえば労働組合というものは法律で認められている団体なのだが、組合が他の組合に呼びかけて集会などしようものなら必ず公安が姿を現し、人数や来ている組合名(旗や腕章でわかる)をチェックしていく、なんてことはしょっちゅうである(あった)。話がそれた。 死刑の様子が克明に映し出されていたのにも驚いた。が、それよりも死刑の様子をあんなに大勢の人間が見ているというのには、さらに驚かされた。「銀残し」ではないが、全体に青を強くし派手な色を抑えた色調も、ヒロインの不安感をうまく表現している。 ということで、問題はヒロイン。 話が話だけに、この映画のヒロインは格別に重い役である。 そのヒロインが、なんとブラピのかみさんとしても有名な(離婚するとかの報道があるが)、アンジェリーナ・ジョリー。 母親としての優しさと強さが要求される役どころで、もちろんストーリーは彼女を中心に進む。この映画は彼女のための映画と言ってもよい。ただ、今まで「スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー」「アレキサンダー」「Mr.&Mrs. スミス」「ベオウルフ/呪われし勇者」「ウォンテッド」など(すべてテレビで放送されたもの)を見た限りでは、あまり魅力のない、演技力もたいしてない女優だった。どうしても頭の悪いイケイケ姉ちゃんにしか見えないのだ。まあこれらの映画は、映画としての出来も悪かったのだが、それでも名優は駄作の中でもキラリと光るところを見せるものである(たとえば「クォ・バディス」のピーター・ユスチノフ、「プロフェッショナル」のウッディ・ストロードなど)。ところがアンジェリーナの場合は、駄作にさらに駄作の上塗りをしているようなものだから始末が悪い。要するにデクノボウなのである。あの「タクシー・ドライバー」のマーティン・スコセッシがディカプリオ(井筒監督言うところの「ぼんくら」)と組んでから凡作を連発しているという例もある(「ディパーデット」はアカデミー作品賞、監督賞を受賞しているが、私には正直退屈な映画だった)。いくらクリント・イーストウッドが名監督とはいってもデクノボウがヒロインでは駄作の予感がぷんぷんするというものである(アカデミー助演女優賞をもらったという「17歳のカルテ」は見ていない)。 ところが、びっくり。 当たり前のことながら、映画は見なくちゃわからない。驚くべきことに、デクノボウがなかなか、いや、すばらしくいいのである。子どもを失った「母親」の悲しみと強さを見事に演じきって、座布団1枚。それほどに素晴らしい。監督によって俳優はこうも変わる、変われるものなのか。刺青もしておりイケイケのイメージがあった彼女なのだが、この映画では大丈夫かいなと思えるほど細く、目の下の皺も深い。監督からの要請があったのか、それもと自ら考えて役作りをしたのか、そのあたりのことは知らないが、ともかく画面に女優ではなく1人の「生きた女性」がいたことは確かである。見事に演じきったなあ。座布団は、2枚にしよう。 (事実であったとしても)あの男がどうしてああも子どもをさらってきたのか、あの成り済まし少年はなぜ執拗に成り済ましたのか等々、ちょっとばかり説明不足と思われるところもないではないが、いい緊張感をもって140分を見られた。 最近のイーストウッド作品はどれも重いテーマでハッピーエンドにはならないが、絶望ではなく、微かに未来に希望が見えるような終わり方なので見ているこちらも救われる。この映画もそうだ。絶望的な状況の中で、それでも希望を失わずに未来に向かって行く。過酷な状況の中を生き抜くことで、彼女自身もまた成長しているのだ。このあたりが、監督の力量というか映画に込められたイーストウッドの「どんなに状況が悪くても、決して絶望しない」というメッセージなのだろう。だから、重いテーマを扱っても、見終わったときの後味は、清々しいとまでは言えないにしても、悪くはない。この映画を見たことにより、何か力を与えられたような気持ちになり、自分の生き方を見つめることができる。私は、映画は芸術作品と言われるものも含めて本質的に「娯楽」だと割り切っている人間だが、その「娯楽」として見事に自立している。だから、次もまた彼の作品を見たいという気にさせる。「チェンジリング」は、そんな映画だった。 ということで、2009年の「グラン・トリノ」も見たくなった。WOWOWさん、「早く放送してくれ」と最後に言っておこう。 なんて言っていたら、2/5に最新作「インビクタス/負けざる者たち」が公開になった。これも、おもしろそう。確か今年79歳だと思うのだが、元気ですなぁ。 http://wwws.warnerbros.co.jp/invictus/
☆★は、尊敬する映画評論家=故・双葉十三郎さんの採点方法のパクリで、☆=20点、★=5点(☆☆☆が60点で「可」。要するに合格というか許せるぎりぎりのラインということです。) |